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アルゼンチンと日本の体験から

松本 ファン アルベルト 2002年3月 (アルゼンチン神奈川県人会35周年記念原稿として依頼された内容)

■日本が求める国際交流

長年、このような形で生活していると様々なところから講演や講義の依頼がくる。多くの日本人は、国際交流の事業には、「外国人が参加すること」、「外国人が講師になること」、「英語や他の語学でパフォーマンスをすること」等を求めることが多い。また、やたらに「国際」、「国際化」、「ワールド」、「インターナショナル」というキーワードにこだわる。町内会のお祭りでも、2?3人の外国人が浴衣姿で踊っているだけで国際的なイベントになってしまうのである。

しかし、交流である以上外国人たちは日本の真の姿、考え方、生活様式、伝統文化、悩み等を知りたい又は学びたいのである。討論会などでは、外国人がパネリストとして出席すると日本人たちはすぐに遠慮しがちで当たり障りのない無難な発言しかしない。もっと積極的に議論したり不満や疑問点を指摘しない限り本当の友情関係は育たないし、社会での共生共存も無理である。

日系人就労者問題や外国人全般の諸問題についても、社会や労働市場の国際化の名義で数多くのセミナーや勉強会が各地で開催されてきたが、外国人に対しての同情論ばかりが先行して実際の問題点やその理由、解決策や政策案はあまりにも実態からかけ離れているような気がする。

外国人といっても様々で、戦前からいる在日韓国人・朝鮮人、中国人をはじめ、戦後又はここ20年ぐらいの間に入国・定着してきたアジア諸国からの人もたくさんいる(ベトナムやインドネシア難民)。そして南米諸国から80年代末に出稼ぎ目的できた日系人就労者がいるのである。来日の経緯や目的、背景も異なり、期待や思惑も様々である。機会あるたびに日本の閉鎖性や差別体制、歴史認識などを批判・強調するものもいるが、日本人ともっとスムーズに共存したいと望んでいるものの方がむしろ多いと言える。しかし、逆に公営団地や保育園が外国人で"埋め尽くされ"日本人との共存より、日本語も通じない地区になってしまうような行き過ぎた状況も発生している。自治体によっては、あまりにも外国人を配慮する施策を講じてきたため、日本人さえも受けていない行政サービスを受けている歪んだ事態になってしまい、外国人たちは一部の市民団体と称する方々と要求を拡大し特別待遇を求めているケースもある。最近は外国人子弟の教育問題が大きな話題になっているが、憲法第26条の国民の教育を受ける権利及び義務教育に対しての国の責任規定が外国人居住者にも適用するとはいえ(民族教育等の尊重を理由に)義務づけることはできないとして、結果的には義務教育も終えていないブラジル日系人子弟がかなりいると報告されている。本国のカリキュラムを使用してブラジル学校(民間の塾)に通う児童も多数いるが、帰国した際は検定試験のようなものをパスしない限り編入されないので本国でさえ大きな困難が待っている。

このような状態になってしまったのはその親にも大きな責任があるので、一部の日系人からは日本で義務教育を受けさせない親にはビザの更新を拒否すべきだと主張している。祖国や母国語への想い、文化的なアイデンテイテイというのも理解できるが、日本が生活拠点である以上子供たちの将来のためにはせめて義務教育は日本の学校で受けさせた方が選択の余地が広がるのではないかと考える。一部の地域では日本での中途半端な母国語教育又は日本の学校での登校拒否、中退が後を絶たず、こうした事情が外国人青少年犯罪の温床になっており、日系人による犯罪件数はかなり大きな懸念材料になっている。

アルゼンチンや南米諸国では想像もできない許し難いことである。  私が子供の頃勉強した日本語学校というは日本人コミューニテイ内の民間学校で、今で言う塾のようなものであった。当然ながらアルゼンチン教育省の学校法人としての認可はなく、多くの方々の支援と寄付によって運営されていた。しかし、メインの教育は地元のスペイン語で受ける教育であり、それを基軸に日本語や英語など勉強してきたのである。私の母国語はスペイン語で日本ではないのである。

日本は異文化や民族への特別な配慮という名目で、結果的には外国人へのインテグレーションという責任を果たしてこなかった又は逃れてきたのではないかと思えてならない。たしかに社会的地位は自ら勝ち取るものであり安易に与えられるものではないが、このままではこのような外国人はあまり競争力のない中小や零細企業の調整弁としか見られない便利な労働者になってしまうような気がしてならない。

私は、行政機関の相談窓口の業務にも長年携わってきたが、神奈川県の「外国籍県民かながわ会議」という外国人代表者会議でも施策の議論を行ってきた。分野ごと様々な課題が指摘されつつも根本的に制度や法体系が変わらない限りほとんどの支援策の効果は乏しく、時には外国人の自立に逆行する施策もあるような懸念を抱いている。支援策というものは一時的で自立精神を育てるためでなくてはならないが、日本の場合多くのケースは依存を高めることになっている(支援の対象者も支援を実施している行政機関や市民団体も)。自治体の担当者からよく「何をしたらよいのか」と聞かれるが、私は、「もうこれ以上何もしないでください。自分自身で生きていく力を付けさせてください。自分で考えて何が重要か判断できるようにしてください。」と答えるのである。

 
 
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