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敗軍の将を温かく迎えたアルゼンチン・サポーター

((社)日本アルゼンチン協会 会報37号2002年7号掲載)

アルゼンチンやブラジルなどサッカー王国で代表チームの監督になるということは名誉でありながら"命がけ"の職業でもある。結果が全てであり、いかなる言い訳も通らないしくみなっている。熱狂的なサポーターというよりも国民全体の期待を背負うことになり、失敗を許さないほど大きなプレッシャーの中でいかにベストのメンバーで最強のチームを短期間で築くかにある。

今大会アルゼンチン・チームの監督はMarcelo Bielsa氏でそれまでスペインのエスパニョールやアルゼンチンの名門ベレスというクラブでの実績を買われて1998年に抜擢されたのである。氏はロサリオの出身で、サッカー選手としても地元のクラブ「ニューウェルズ」でディフェンダとしてデビューしている。口数の少ないタイプでメディアとのコミュニケーションがあまり得意でないと指摘されつつも、結果を出してきたことで同氏の戦術や選手人選にはあまり批判はなかった。W杯南米予選でアルゼンチンはトップで進出を果たし有力な優勝候補として日本にやってきたのである。

しかし様々な諸条件(一級の選手、一級のキャンパス等)が整っていたにもかかわらず結果を出せずまさかの第1リーグ敗退になってしまった。昨年の12月からアルゼンチンはもっとも深刻な経済・金融危機に陥っていることで、代表チームは少しでも良い結果を出して国民に喜びと希望を与えたいと言っていたのだが、それもむなしく叶うことは出来なかった。チームが負けたときにはアルゼンチンの一部の都市ではサポーターが暴走化し、傷害事件が多数発生しているが、監督への批判や責任追及が多少あったとは言え、通常の「袋たたき」的な侮辱言動はなかった。それは、Bielsa 氏の努力と想いが多くのサポーターに理解されていたからである。6月14日同氏が数人の選手とブエノスアイレスのエセイサ国際空港に到着したとき、1千人近くのサポーターが駆けつけたのである。選手たちを讃えるものはいなかったが、監督は今までとない非常に温かく迎えられた。400キロも離れたロサリオから来た数人のサポーターは彼に2通の手紙を渡した。到着ホールで読んだ彼はマスコミ陣に囲まれながら涙したという。また、アルゼンチンサッカー連盟は監督の記者会見用の部屋さえも準備していなかったことで、やむを得なく到着ホールで記者たちの質問に答えたのである。彼は失敗を認め、サッカーでは良いチームであっても勝てないこともあると話した。ただ、最強のチームを持ちながら各試合で多くのチャンスを活かせなかったことも敗因の理由であると述べた。

6月30日契約の期限だったが、AFAから更新の打診もなかったということで静かに任務を終えたという。アルゼンチン代表チームは2006年のドイツW杯に向けて新しいステップを踏むことになるが、選手の世代交代や戦術の見直し、監督や選手の処遇問題(今回Bielsa氏は半年近くも給料が支払われていなかったにも関わらず任務を全うしたことが同じように苦しんでいる国民から好感をかったという節もある)、連盟の癒着構造の改善などが大きな課題であると現地のスポーツメディアは指摘している。

一方、優勝したブラジルのフェリペ・スコラリ監督は昨年の7月に苦難の南米予選中に就任しW杯終了直前まで厳しいメディアの非難の対象になっていた(戦術や選手配置等について)。優勝したときに日本や外国メディアには喜びの気持を表したにもかかわらず、現地メディアに対してはかなり冷たく対応したと伝えられている。それまでの中傷ともいえる対応にうんざりしていたのかも知れない。

南米のサッカーにはかなり冷酷な側面があるにもかかわらず敗軍の指揮官Bielsa氏は、前例がないほどサポーターたちに優しく迎えられ、日本的な「お疲れさま」という言葉が彼の肉体的精神的疲労をあの一瞬エセイサ空港で癒されたのではないかという気がする。    

 
 
 
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