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破産した国家での生活と将来

(社)日本アルゼンチン協会会報「Argentina」第40号、2003年4月

この会報が届く頃には、4月27日に実施された大統領選挙の結果が出ているに違いない。決選投票になった場合、新政権の誕生は5月末までに延期されるが、今の暫定的な状況からは開放され、具体的で真正面からの対応が要求されるようになる。

Menem政権時代に築かれた一つの制度(兌換法に基づくペソと米ドルの一体化した経済)が崩壊して1年半近くになるが、この期間アルゼンチンは大きく変わったと言える。90年代初期のアルゼンチンは、それまでのハイパーインフレから見事に脱出し、不採算部門や国の事業の多くを民営化し、市場の競争原理を導入した。外資の参入も伸び、ブエノスアイレスをはじめ地方の主要都市では欧米先進国に負けないショッピングモールやまだ日本では導入していなかった高速道路のETC(道路通行料の自動料金収受システム)がみられた。1999年の国内総生産は2.800億ドルで一人当たりの所得も約8千ドル近くになり、輸出も230億ドルまで伸び、外貨準備高も300億ドルに達していた。懸念の対外債務は1.300億ドルだったが、GDPの約50%相当だった。隣国のチリと同様にエマージング経済の優等生とされ、国際金融機関や民間銀行もその成果を高く評価した。しかし、90年代の半ばから固定相場制による経済と産業への影響と限界が指摘されるようになり、失業率は増加傾向になり、地方自治州の無謀な財政支出の拡大が問題になるようになった。国民の中からもこの制度の持続性に少なからず疑問も持つようになった。

2001年末、政治基盤の弱いDe la Rua政権は撤退を余儀なくされ、アルゼンチンは事実上破綻した。国や国の機関は民間のように「破綻」しないという考えたが日本でも根強いが、対外債務の支払い停止、預金口座の引出制限、海外送金と為替取引の制限措置等が置かれると海外との貿易、国内の信用取引、商業活動など全てがスムーズに動かなくなり、世界からは孤立し、市民生活は大きな打撃を受けた。 今年の1月19日、NHK-BSで「激動巨大都市Buenos Aires-国家破産の街で」という番組が報道された。取材班は約1カ月に渡って現地取材を行い、市民生活などの状況が今のグローバル経済という観点から検証された。ブエノスアイレス市内では、夕方になると郊外から2?3万人のcartonerosという事業免許の持たないゴミ回収業者がやって来て数時間でリサイクル(販売)できる市内の紙類をはじめかなりのゴミを「回収」してしまうという映像は衝撃的だった。一方、職がない又は収入が極端に低くなってしまった人たちで作る「交換クラブ」も紹介された。市民は、手作りの「市場」と「貨幣(交換クラブのみで利用出来るチケット)」を造り、物々交換による限定的な経済活動という内容だった。普通の消費市場の中に別の「市場」を形成する試みである。

現在、世銀などの支援で実施されている国の「貧困者及び失業者対策」があるにも関わらず失業率は相変わらず18%台でかなり高い。人口の約6割近くが貧困状態に陥り、800万人近くが今の収入又は給付金では生活必需品さえ購入できない状態にいる。GDPは1千億ドルにまで落ち、個人所得も3千ドルにも及ばないとされている。累積債務は国内総生産の170%になってしまい、輸出等で得た外貨と準備金では債務の利子さえ支払えない状態である。

いずれにしても、最近の情勢は比較的落ち着いており、失業者や年金生活者等で構成されているpiqueterosの抗議デモや道路封鎖は多少少なくなっている。預金引出制限措置も緩和され、ペソの普通預金は完全に解除された。問題はドル預金だが、最高裁の判断か政治的な決着かが注目されるが、どちらの選択にしても財源の問題は解決されていない以上預金者が満足する対策はかなり困難だとされている。海外で販売された債券も同じである。かなりの目減りが予定され、購入者の期待に応じることは非常に難しいと言える。

国が「破綻」するということは、税の徴収システム、年金等の運営制度、公的医療制度等全てが機能しなくなるということで、それまで締結した約束事や契約が履行できなくなる状態である。市民生活への直撃は想像を絶する状況になり、そのうえ、市民間と市民と政治家や指導者との信頼・期待関係が薄くなる「信頼の危機」なのである。政治不信は高くなり、制度そのものへの信頼関係が崩壊する。元々アルゼンチン人は他の南米諸国と同様、国という「体制」をあまり信用しておらず自分のことは自分で片づけるという考え方が強いが、90年代の合理的な制度構築は重要な第一歩だったのである。

今のアルゼンチンは、またこうした試みを望んでいるに違いない。ただ、以前と違って先進国の制度をそのまま導入するのではなく自分たちの現状に見合った制度を構築すべきである。Cartonerosの事業にしても、交換クラブや準通貨にしても、あえて言えばバックアップのない制度であり、今の世界では成り立たないのである。人道上一時的な措置として認めることができても、一貫性のない制度の中の「小制度」はどこかで壁にぶつかってしまい、孤立した存在になってしまう。国民はこうしたことに気付いている兆候がある。当初の制度への反対、全てのものに反対するという市民運動はトーンダウンしており、各候補者への支持動向とは別に案外4月27日の大統領選には大きな期待を託しているような気がする。史上最悪の危機からの脱出も市民の勇気ある選択でしかあり得ないのであり、この1年半で自分たちで出来ることとやらなければならないとを十分に学んだような気がし、今度こそアルゼンチンのための制度構築の再スタートを期待したい。  

 
 
 
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