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アルゼンチンでの「移民の日」- 今年はMisiones, Obera市で開催

(会報Argentina 第42号、2003年10月-(社)日本アルゼンチン協会)

通常日本で「移民の日」というとあまりピントこないかもしれない。特に若い世代は海外旅行や留学、ホームステイを様々な形で体験しており、海外で一定の期間日系企業や地元企業で働いたり、何らかのビジネスチャンスを求めて事業を起こすこともあまり珍しくないが、仕事も生活も拠点が海外にある場合は意識しなくとも一種の「移民」と言える。今は学生が貧乏旅行をしても何とか飛行機で1日から1日半もあれば日本に帰ってこられるが、100年前、神戸港や横浜港から出港した移民船で海外に行った人たちは、帰りたくとも帰れなかったのが実状である。いずれにしても、そうした日本人移民とその子孫(日系人)は世界中に存在しており、現在250万人を越えている。注1)

日本の移民も150年近くなるが、ブラジルへの移民で、「笠戸丸」が初めてサントス港に入港したのは、1908年6月18日であり、それ以来、約25万人もの日本人がブラジルに移住したのである(その他、ペルー等に数万人移民している)。日本人移民の貢献を高く評価したブラジル政府は、1976年に6月18日を「日本人移民の日」として制定し、その結果、日本でも移民政策関係者ではこの日を「移民の日」としている。

一方アルゼンチンといえば「移民の国」である。19世紀後半から主にヨーロッパ地中海地域からの移民によって国造りを行ったのであるが、1914年頃の国勢調査によると、人口の3分の1は外国人であったことが判明している(国籍は、イタリア、スペイン、ポーランド等)。

現在、亜国に存在する日本人移民及びその子孫は約3万2千人で、日本国籍者は11.461人である。しかし、このうち、永住者(戦前戦後移民した日本人及び戦後国際結婚や事業の理由でアルゼンチンに永住を決意した日本人)が10.798名で長期滞在者(3カ月以上の滞在者であるが永住者でない)が663名となっている(このカテゴリーに日系企業や政府機関の駐在員が含まれる)。

アルゼンチンは9月8日を「移民の日」としており、政府の記念式典は、今年はミシオネス州のオベラという町が開催地に指定された。これと当時に、ブエノスアイレス市内にある「移民資料館」の広場では同月27日・28日に様々な催しが行われた(民族舞踊、民族料理等)。移民資料館は依然、移民者が到着したときに一時的宿泊していた施設でもあり、今日、移民局の本部でもある。

DIRECCION NACIONAL DE MIGRACIONES  亜入国管理局
MUSEO NACIONAL DE LA INMIGRACION  移民資料館
EL HOTEL DE LOS INMIGRANTES     移民者宿泊所
Av. Antartida Argentina 1355 CP 1104ACA (011) 4342-6749 / 4334-7717
http://www.mininterior.gov.ar/migraciones/museo/index.html

注1)最も多いのがブラジルで130万人、次いでアメリカ合衆国に100万人、ペルーに8万人、カナダに6万8千人、アルゼンチンに3万2千人、メキシコに1万6千人、ボリビアに1万人、パラグアイに7千人位とされている。

(C) JAM 松本 J. アルベルト

 
 
 
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