アルゼンチン、中南米と日本
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「5年ぶりの母国アルゼンチン」 J.アルベルト・松本
留学を機に来日して11年目になるが、この春5年ぶりに里帰りをした。この5年でアルゼンチンはかなり変わった。

失業者の増加
メネム政権下で実施された多くの改革(民営化や規制緩和)によって、新しい事業や産業が成長している一方、多くの企業が倒産してしまい、予想以上に失業問題が悪化している。以前から、大学を卒業しても専門分野の職に就くということはかなり困難であったが、行政改革や公社の民営化でリストラにあった公務員や専門家たち、ブラジルの帳貨下落で競争力を失って倒産した輸出産業経営者や中小企業の従業員たちの転職先の受け皿があまりにも不十分であったことを裏付けている。今は、自分の専門を断念してイタリアやスペイン、アメリカへの「移民」を選択しているものが増えている。

ここ数年経済の成長が順調であるスペインは、アルゼンチンに対して、子持ち夫婦の移住を呼びかけている。条件は、一定の年数、スペインの過疎地帯に定住することであり、子供たちを地元の小学校に帳わせることである。仕事も地元の役場や商工会議所が世話し、間接的には地域の少子化と高齢化対策の一環であると関係者は話している。

サービスの向上
アルゼンチンでは、こうした状況の中で、タクシーやハイヤー(現地では、remise「レミスと呼ぶ」)、一般ホテルや飲食店(ビザレストラン、バー、牛肉バーベキューのパリージャ)等のサービスのレベル向上が目立つ。Florida通りや中心部の高級店でなくとも、どこでも一般客へのサービスがかなり良くなっていることが印象に残った。失業率が高いということもあって、職を大事にするようになったという側面もあるようだが、プライドの高いアルゼンチン人が苦手な接客業務にあれだけ力を入れているということは、ブラジルやチリに対しての対抗意識(ライバルとしての良きパートナーを目指したいという願望で昔のようなマイナス的なものではない)と新しい世代の意識改革の成果ではないかと推測する。

政治と社会
制度的には、カバロ経済大臣が行ってきた財政、金融等の政策がようやく実ってきている。残念ながら、前政権と違って大統領の統治能力が問題視されており、連立もほとんど機能していないことが社会不安や治安を悪化させているという見方が強い。

日系人のあり方
今回、アルゼンチンととペルーで合わせて4つの大学で講演する機会があり、学生や教授陣たちと活発な意見交換を行った。また、亜国日系センター(Centro Nikkei Argentino)のような日系の組織でも意見交換を行った。ペルーでは、日系ペルー人たちの日本での適応やトラブルについて非常に懸念されていた。一方で、これだけ多くの日系人が日本に来てしまったことで本国の日系組織の運営が困難になってきていることがうかがえた。

アルゼンチンでも、これからの日系組織の存続をどのようにしたらよいか、日系人たちが日系社会やアルゼンチン社会に何をどのように提供したらいいのか、日本との交流をどのように進めたらアルゼンチンでも評価されるのか、温度差はあっても議論はペルーと同じであった。

日本語学校
世代交代が進んでいる日系社会では、日本語学校の存在も危ぶまれており、地域によってはほとんど閉鎖状態になっている。私が勉強したエスコバール校は、以前はもっとも日本語教育に熱心だった学校であったが、今はほとんど学生がいない状態で週一日しか講義が行われていない寂しい状態であった。時代の変化、二世や三世の混?化、意識の変化等によって日本語というものに関心が薄れている。それは、国際社会での日本の存在、海外に進出している日系企業への評価、また、日系企業での現地雇用者のあまりにも限定された活動等が大いに影響している。多くの日系人は、日本や日本文化、日本語への想いは持ちつつも、やはり子供たちの将来を考えると英語教育か腹の専門知識を優先せざるを得ないのが実情である。

外国人の日本語熱
しかし、その一方、非日系人の日本語受講生が少なからず増えているのである。ブエノスの日本語学校でも韓国系の二世の存在が目立っており、タンゴなど日本との文化芸能交流に関わっているアルゼンチンの一部の若者たちは日本語の集中的コースに熱中しているらしい。後者は、日本での公演の際に少しでも有利な立場で、東京などのタンゴ教室で講師として雇ってもらうために会話を中心に勉強しているのだ。目標がはっきりしているだけに、したたかであっても大いに両国の交流に役立っているようだ。

タンゴといえば、ブエノスに新たなタンゴスポットがある。外国人観光客がほとんどいない。地元の方が多いので値段もデイナー込みで30ドルぐらいでエンジョイできる。San Juan と Boedo大通りの角で「Esquina Homero Manzi」というタンゴ・レストランである。メニューも豊富で、ゆっくりメインの食事を済ませてからデザートとともに22時のショーを鑑賞するのも悪くないように思えた。

アルゼンチンと日本
アルゼンチンも多くの問題を抱えながらも変化しており、前に進んでいるような気がする。こうした新しい環境の中、日本も、長期的な目標や戦略をもって関係を築いていかなければならない。アルゼンチンは日本が持っていないものを数多くもっている。日露戦争や第2次世界大戦の時のように、いつも利害関係を越えて pais amigo として応え合う関係でありたいと思うからだ。

あるべると まつもと (当協会理事、 合資会社イデア・ネットワーク 代表取締役)
社団法人 日本アルゼンチン協会 会報 No.33/2001年7月

 
 
 
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