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“シンポジウム「私」の中の「多文化」に対する感想“

松本 J. アルベルト 2003/2/10「私情つうしん」2003年4月号

私」の中の「多文化」というシンポジウム*に参加していろいろ考えさせてもらったが、他のユニークなパネリストたちのお話を聞いてこの12年間日本で形成してきた考えたと生き方を再確認することができたような気がした。

日本は、アメリカや南米諸国と違って基本的に移民というものを必要とせず国造りをしてきた。国民もほぼ単一民族で長い歴史の中で一つの文明を築いてきたと言える。共用できる価値体系、生き方と死に方、自然との共存等、周辺諸国から宗教や文化の影響を受けてきたとはいえ独自のアイデンティティを築いてきた。他の文明に支配されることなくやってこれたのである。第2次世界大戦の占領時代でさえそれなりに独自の被支配関係を維持することが出来、国際情勢など有利な要素があったとはいえ小さなチャンスをうまく活用してきた民族である。国土も狭く互いに協力しないと生き残れないというDNAが機能したからかも知れない。

しかし、戦後の日本は経済の復興にあまりにも集中しすぎたことで多くのことを失ったように思える。一つは自虐的な歴史教育とめでたい「平和教育」によって隣国との関係を正面から築いてこなかったことである。また、同盟国との信頼関係もあまりはっきりしない部分が多すぎる。結局、同盟国からもライバル国からもあまり信用されず、頼りない存在になってしまっている。いかなる矛盾を抱えていても独自の考え方や見解を持っていても不思議ではない先進国の一員なのである。戦争の歴史的遺産があるとはいえ、日本も多くの犠牲を強いられ、当時の国際情勢や欧米列強の思惑から見れば日本だけを「悪者」にするには無理があるとしか言いようがない。

なぜ、このようなことを強調するかというと、私も一留学生として多くのアジア諸国の方々と色々なことを議論してきた。もちろん、日本人とも意見交換をしてきた。私は、日系二世とはいえ、南米でもちょっと異なったラテン文化を持っているアルゼンチンという国で生まれ育った。小さい頃から移民した日本人たちが伝えてくれた日本の文化や価値体系の影響も受け、なおかつアルゼンチン社会に浸透しているラテン文化にもどっぷり浸かってきた。戸惑いや偏見も多少感じながらあまり深く考えることなくそれなりに自分のアイデンティティーというものを築いてきた。アルゼンチンという国家への帰属意識も育てられた(以前は兵役もあったので、私はこの義務を当然として果たし、1982年、イギリスと戦争になった時は19歳だったため従軍し戦場に行った)。

日系人であっても、先にアルゼンチン人であるということには疑ったこともなく、今もこのことは確信している。

しかし、この日本では異国の人間がいくら長く住んで帰化しても、なかなか「日本人」になれないような気がする。在日韓国人のように利便性とこれからの生活を考えて帰化することはあっても、この国のために心から日本国籍を選択するということは非常に希だと考える。血のつながりがある私とてそれだけは出来ない。アルゼンチンがこれだけ多くの問題を抱えて経済情勢も悪化するばかりであるが、それでも私はアルゼンチン人であることに誇りに思っている。やはり小さい頃からの教育の影響なのであろうか。不思議に思うこともあるが、合理的には理解できないものがある。

日本には170万人の外国人が住んでいる。7割がアジア諸国出身である。近年飛躍的に伸びたのがブラジルやペルーからやって来た「日系人出稼ぎ就労者」である。彼たちも私と同じ日系人であるが、出身国によって国籍も社会文化も考えたかも異なる。日本は血縁関係を重視するため、1990年には入管法を改正してまで彼たちを無制限に受け入れた。人手不足が深刻だった製造業等に対応するためだった。ただ、「出稼ぎ」という言葉通り、稼いだ後には4?5年で帰ると思われていた者が今は定住化し、日本を新しい生活拠点にしている。当然ながら法も制度も行政もこのようなことを想定していなかったので多くの問題が発生し、ミスマッチは必要以上に摩擦を起こし、今はやっかいものになりつつある。血がつながっていても外国人であるということにまったく変わりはないのである。以前からこのことを行政や政策責任者に伝えているが、誰も耳を傾けてこようとはしなかった。

留学生にしてもそうである。人数が増えても、日本に定着して日本の経済や社会のために尽くしてくれる外国人はそう多くない。経験だけを積んで処遇の良い外資系に行ってしまう。海外に進出している日系企業も同じミスを犯している。日本で高度な教育を受けている外国人を採用してもそうした人材を活用して「夢」を与えるような制度が整っていないため、ノウハウを積んだら別の欧米系企業に転職してしまう。

いかなる所でも日本人は損をしている。そして、こうした結果は戦略とビジョンを持っていないことを意味する。日本にはすばらしいものがたくさんある。いかなる分野にも誇れることはたくさんある。しかし、外国人がこれを共有しようとすると排除されるか隔離される。もちろん見えない形でする。みえない差別なのである。一番痛い差別である。アメリカやヨーロッパで存在する制度的な差別ではないが、どこかで「これ以上は貴方は進めない」というメッセージが伝わるのである。いくら日本が好きになり、この社会のすばらしいことや日本人を愛しても報われないのである。

日本は今様々な分野で制度疲労を起こしている。何をどうして良いのか分からないようである。不況から脱出できないのも自分たちが置かれている状況を把握していないのであり、世界情勢の常識を理解していないからなのかも知れない。今まで育ててきた日本人は今の新しい課題に対応出来ないのである。だから、明治維新の時代のように外の人間を登用してすばやい答えを出さないといけない状況に追い込まれている。もちろんみんなが日本のためになる提言をしてくれるとは限らないが、せめて今の日本人よりは大胆な発想で何かを刺激してくれるのではないかと考える。一度良い方向に動き出すと日本は組織体なので一人で新たな道を模索していくに違いない。しかし、それまでは、もう少し我々をもっと上手に活用してもらいたいような気がする。もっと、我々を信頼してほしいと願う。

日系人就労者にしても、外国人留学生にしても、在日の外国人にしても、必要以上な配慮は無用である。しかし、安心して勉強し、仕事ができる法的環境や社会制度は最低限必要である。今存在する様々な措置は穴埋め策であって、ほんとうに「外の力」を活用するためではない。真正面からぶつかって築いた信頼関係ではない。だから、外交でも足下を見られ、隣国からはコケにされ同盟国からは当てにされないのである。今の日本はほんとうに寂しい存在である。

本シンポジウムのパネリストたちは豊富な経験の持ち主で色々な背景の外国人であるが、皆に共通していることは「したたかに要領よく」日本で活動していることだ。これは、経験上必要と判断して身につけた得意技かも知れないが、日本がこうした人材をもっと有効に活用していればどれだけ貢献できるか図り仕切れないと思う。近いうちにそうなることを信じながら私の感想とする。

J. Alberto Matsumoto: 日系アルゼンチン人。国際関係を卒業後、1990年に日本に留学。筑波大学で研究生、横浜国立大学大学院で経済関係法の修士号を取得。97年に翻訳会社を設立。NHKの衛星放送や法定通訳としても活動している。南米の日系人就労者問題についても多くの経験をしてきた。

*シンポジウム「私」の中の「多文化」:2002年8月31日、東京で開催された。「私情つうしん(帰国子女に関するニュースレターhttp://www.roots-int.com/S-T/)の7周年記念イベントとして開催、(財)海外子女教育振興財団(http://www.joes.or.jp)との共催。

 
 
 
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